総評

総評 (2021年 JPIP-B)

翻訳監修者 真鍋 俊明

オミクロン株によるコロナの第6波が少し落ち着き始めたかなと思われるようになりましたが、未だ高止まり傾向です。皆様に於かれましては如何お過ごしでしょうか。筆者は、自粛生活を無駄に過ごさないようにと若い先生方に唆されて、皮膚病理を中心とした教育資料を録画配信することにしました。ご興味のある方は https://bit.ly/manabonLP をご覧頂ければと存じます。

さて、私が関係している病理診断科クリニックと衛生検査所で、次のような事例がありました。一つは、術前に十分な検査がなされ生検で癌と確認されたため、摘出術がなされた症例です。依頼元病院には病理検査室はあるが、病理医は居らず、手術材料の標本作製は衛生検査所でなされ、病理医に病理診断の依頼がなされていました。定型的な症例で、病理組織診断自体には問題がなかったのですが、依頼された病理医は慌てていたためか、断端陰性を誤って陽性として記載し、報告したそうです。臨床所見と異なる結果を貰って主治医は、再検討の連絡を衛生検査所にしました。担当病理医は入力ミスによる誤記載であったと気付き、直ぐに誤記載訂正の追加報告書を作成し、衛生検査所に送りその後の処理を任せました。その後、依頼元病院の病理検査技師から「追加報告において、当初の報告内容(所見)に訂正があるが、事前に何も連絡がなかった。諸説明があってよいのではないか」との連絡を受けたそうです。
この事例での対応はどうあるべきであったのでしょうか。我々が犯すミスや誤診にはいろいろなレベルのものがあります。それは一般に臨床、特に患者に及ぼすインパクト(影響)によってクラス分けされ、それなりの対応が求められます。病理組織診断は正確であっても、断端陽性と陰性では臨床的取扱いが大きく異なります。従って、いわゆる誤診でなくとも ClassIの重大なエラーと判定されます。以前、J-PIPB2019の総評で、重大診断(クリティカルダイアグノシス)という考え方があって、臨床からの依頼がなくとも直ぐに臨床に知らせ対応して貰わないと患者に重大な影響を与えるような所見や診断があるということを述べました。今回の事例もこの重大診断に当たりますので、まず担当病理医主治医に対して直接連絡を取る必要がありますし、報告書は誤りを正したものですので、追加報告ではなく訂正報告書として再発行する必要があったと言えます。
もう一例、今度はリスクマネージメントとクライシスマネジメントについて考えさせる事例でした。電子顕微鏡検索を依頼されたのですが、いつもの検査室が提供する広口の容器ではなく、依頼臨床科で準備した口の狭い容器に入れられて送られてきました。この容器から底にたまった検体を全て回収するには、大量の固定液と共に検体を一度に吸い出すしかありませんでした。吸い出した固定液の量が通常より多かったため、検体を含む回収液がゴム板上からこぼれ落ちてしまいました。議論の結果、対策としてシャーレの中にゴム板を入れて作業する様に改善し、シャーレごと移動させることで検体の紛失リスクを軽減する方法にしたとのことでした。推奨されない方法で送られてきた標本をうまく回収するためにその対応策を講じるのが、発生してしまった過誤に対する対応で、その手段を作っておくことはクライシスマネジメントに当たると考えられます。事が発生しないようにするリスクマネージメントとは、起こらないようにと決めた方法をいつも採るように徹底することです。本事例の場合は、依頼臨床科にお願いして規定の容器を使用して頂くように依頼することがリスクマネージメント上の対応の仕方と思います。日本語で言う危機管理には、実はこのクライシスマネジメントとリスクマネージメントの二つが含まれているのです。いずれにしても、両事例から、業務遂行にはちょっとした気遣いや心遣いが必要であること、臨床との対話や決められたことを徹底して守るようにすることが検査室管理には大切だと感じた次第です。

J-PIPB2022の結果です。今回の正解診断一致率は、症例16を除いて非常に良いものでした。症例16では、組織学的には迷いながらも記載された免疫染色の結果で助けられた方も多かったかもしれません。的を得た免疫染色の利用は身を助けるものと言えます。日常業務では、無駄を省き、効率よく最小必要限度の免疫染色を使用したいものです。
いつもの繰り返しになりますが、生涯教育では、よく経験する疾患を見誤らないこと、稀な疾患を理解しておくこと、そして提示された疾患に対して既知の情報を復習するとともに、最新の知見を勉強することが大切です。学会などで行う症例検討会では、得てして稀な症例や引っかけ症例が多く提示される傾向があり、つい“当てもの”的になってしまいがちですが、このような態度は、生涯教育にあっては危険な面を含んでいるとも言えます。虚心坦懐に標本をみ、考え、診断すること、解答を得た後には復習し新知見の獲得に励む態度が必要です。

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