翻訳監修者 真鍋 俊明
今回の症例の中で鑑別に苦慮されたのは、症例1の嚢胞性部分的分化型腎芽腫と異所性成分を含む腎芽腫、症例9の腺肉腫と胎児性横紋筋肉腫のようです。両者とも発生年齢に注意すると良いと思います。また、形態的には症例1での嚢胞の形成状態の差が、症例9での後者における腫瘍性軟骨成分の存在が鑑別の糸口となるのではないでしょうか。
9月の終わりにCAP(米国病理医協会)の査察官養成セミナーが東京で開かれましたので、出席してきました。以前に受けたセミナーがオンラインで50数時間の取得単位のもので数日を要しましたが、今回は5名の講師による1日の講演会形式のものでした。コンパクトに良くまとまっていたと感じました。20名弱の我が国の先生方が集まり、講義後の質問も随分活発でした。この時感じたことの一つをお伝えしたいと思います。
最近、筆者はいくつかの衛生検査所のラボディレクターもやっていますので、逆にCAPの監査を受けて感じたことがあります。このセミナーでも強く感じたことですが、CAPの目指す目的の一つに、正しい検査を行って正しい結果を早く患者に届ける仕組みを作ってもらい、それがきちんと機能しているかを査定するというものがあります。得てして、検査所は正しい検査をおこなうようにしてその結果を依頼者である主治医に返却するようにしておけば良いと考えます。でも、CAPはそれだけではダメだと考えます。正しく提出された検体を正しく検査し、その結果が正しいといつも検証し、適時に返却し、それによってどのように患者に影響を与えたかを調べなければならないというのです。別の言い方をすれば、検査は検体が採取された段階からその所有者である患者に結果が返り、正しくその結果が使用されたことを確認するまでが検査の範囲であるとの考えです。ここに、我が国とCAPの間で大きなギャップがあり、我が国の検査所が何度も指摘を受ける元になっています。
一つ例を挙げましょう。最近我が国でも、臨床検査医学ではクリティカルバリューとかパニックバリューという考え方が浸透してきています。これは、米国では1972年に導入された概念です。一方、一般の病理検査室(米国でいう解剖病理学)では、それに当たるクリティカルダイアグノシス(重大診断)という概念がほとんどないようです。これも米国では2005年には導入されています。重大診断とは、その結果を早く返却し対応してもらわないと患者の生命や予後に大きな影響を与えかねない診断で、その場合は即座に臨床へ知らせる義務があるとするものです。CAPはこれに該当する疾患を、病理と臨床で決めておき、該当すると思われるものは即座に対応するとともにその事実を記録として残しておかなければならないというものです。得てして、病理医は「それは臨床医の仕事であって、病理医は正しい診断を付ければそれで良い」と考えがちです。一種の職人気質とも言えます。しかし、これは、米国でいう「病理は臨床であり、病理医は臨床医である」という考え方とは違っています。
それでは、米国ではどのようなものを重大診断として対応しなければならないと考えているのでしょうか。病院施設の特徴などでその内容は異なります。2006年に、Association of Directors of Anatomic and Surgical Pathology(ADASP)が例として、いくつかの状態を上げています。(1)即座に対応しなければならない症例:①腎生検で糸球体の50%以上に半月体がみられる、②好中球核破砕性血管炎、③絨毛膜絨毛やトロホブラストのない至急内容物(abortionの場合でしょうか)、④子宮内膜掻爬材料内に脂肪細胞が存在、⑤心臓生検内に中皮細胞が存在、⑥大腸内視鏡検査によるポリープ摘出材料に脂肪細胞が存在、⑦移植片における拒絶反応、⑧上大静脈症候群での悪性腫瘍の存在、⑨麻痺の原因と考えられる腫瘍の存在、(2)予想外のあるいは相違する所見や診断:①凍結切片と永久標本での診断に著しい違い、②オンサイトの細胞診判断とFNAによる最終診断の著しい差異、③予期せぬ悪性腫瘍の存在、④一次診断病理医の診断と施設外病理医によるコンサルテーションの結果に著しい差異や変更がある場合、や(3)感染症:①免疫減弱状態、免疫応答能のある患者からのCSF細胞診に細菌や真菌の存在、②免疫減弱状態、免疫応答能のある患者からの気管支肺胞洗浄液、気管支洗浄液やブラシ細胞診標本にみるニューモシスチスや真菌、ウイルス細胞傷害変化、③免疫減弱状態、免疫応答能のある患者における抗酸菌の存在、④免疫減弱状態の患者からのFNAに真菌が存在、⑤心臓弁膜や骨髄材料内に細菌が存在、⑥妊娠末期のPapスメアにヘルペスウイルスが存在、⑦免疫減弱状態の患者の外科病理材料内に浸潤性の外来生物の存在、です。査察では、これらの方針が記載されているか、行った事実が記録として残っているか、その結果がどうであったかが調べられることがあります。我々もそろそろこの分野を充実させ、もっと外科病理を臨床の分野に位置づける必要があるのではないでしょうか。
いつもの繰り返しになりますが、生涯教育の目的には、よく経験する疾患を見誤らないこと、稀な疾患を理解しておくこと、そして提示された疾患に対して既知の情報を復習するとともに、最新の知見を勉強することが大切です。学会などで行う症例検討会では、得てして稀な症例や引っかけ症例が多く提示される傾向があり、つい“当てもの”的になってしまいがちですが、このような態度は、生涯教育にあっては危険な面を含んでいるとも言えます。虚心坦懐に標本を観、考え、診断すること、解答を得た後には復習し新知見の獲得に励む態度が必要です。
